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北京五輪帯同報告(2008.8)

 
 かなり遅くなってしまいましたが,北京オリンピックに帯同した時のことを書かせて
いただこうと思います。今回は,シンクロナイズドスイミングに帯同しました。
日程は2008年8月4日に日本を発ち北京へ入り,8日の開会式後13日まで韓国の済州島で
最終合宿,14日に北京へ戻り,24日に閉幕式,25日帰国でした。
 
 日本から北京のフライト時間は3時間半程度。雑誌を読んで映画を1本観たらもう到着。
今までにない楽なフライトでした。空港から選手・スタッフが滞在するオリンピック村
へはバスで1時間弱。シンクロとライフル射撃だけだったので,このバスも快適に過ごせ
ました。北京市内は数年前から車がものすごく増え,中心地の渋滞が問題になっている
らしいのですが・・・我々オリンピック関係の車両は渋滞なくスイスイ進みます。
というのも3車線のうち1車線はオリンピック関係車両しか通れなくなっていました。
あとの2車線はそのせいもあって大渋滞。中国のオリンピックへの意気込みがはやくも
感じられました。
 
 オリンピック村は大きく2つに分けられます。グッズのショップや銀行,カフェ,
クリーニングなどの商業区域,選手やスタッフが宿泊するマンション群のある宿泊区域が
あります。宿泊区域にはマスコミ関係者は立ち入れない区域になっています。セキュリ
ティーは厳重で,宿泊棟の区域までには3か所のセキュリティーチェックを受けなければ
入れません。そんな区域には滞在中フリーで使えるものがなんでもそろっています。
24時間のメインダイニング。ビュッフェスタイルで,いつでも食べられます。
マクドナルドも入っていて,世界中のマクドナルドの店員さんが手伝いに来ていました。
もちろん日本人もいて,話を聞いたら,「日本中のマクドナルドから選抜されてきている」
そうです.「選抜って・・・?」と少々違和感がありましたが,これもオリンピックという
大舞台だから出てくることなんだろうなあと深く考えるのはやめました。他には,大規模な
フィットネス施設,クリニック,バカンスや試合ができるぐらいの大きなプール(もちろん
競技用のプールは別の場所にあります),マッサージルーム,ランドリーなど。飲み物は
販売機が各宿泊棟に置いてあり,配布されるパスで自由に飲むことができます。
世界一のスポーツの祭典であるオリンピックですから,ある程度は予測していたものの,
それを超えるスケールの大きさです。部屋はやや小さめなものの報道されていたほどのこと
はなく,十分な広さでした。 
 
 しかし・・・我々トレーナーはこの期間,別の場所にある日本スタッフが泊まる
マンションでの宿泊となりました。そこはバスと地下鉄を乗り継いでオリンピック村からは
1時間ちょっとの場所にある,高級マンション群の一室でした。オリンピック村に宿泊でき
る人数は決まっているため,そこへ入れないスタッフは日本オリンピック協会が借りたその
マンションでの生活となり,そこから支援へ向かうという形がとられていました。
食事はその周辺でとることが多く,本場の中華料理を堪能しました。初めは,怖かったので
大きな料理店やスターバックスで食事をとっていましたが,だんだん飽きてきたことと好奇
心で普通のやや小汚い食堂みたいなところに入ってみました。あんまりおいしくはなかった
ですが,お腹を壊すこともなく大丈夫でした。中国へ行く前は様々な報道がされていて,
現地のものは口にしないほうがいいとまで言われていました。しかし実際はなんてことは
なく,ただ口に合わないだけでした。その後も何件か入りましたが,なかにはおいしい店も
あり報道は一部を大げさに伝えていただけなのでは・・・とさえ感じました。
大気についても同様です。確かにきれいな空気ではないですが,天気のいい日は遠くまで
きれいに景色が見える時もありました。ウソはないのでしょうが,黄砂の影響もあるにも
かかわらず必要以上に不安を与えられていた気がします。
そんなこんなで開会式にはもちろん出られず,部屋のテレビで見ていました。
日本でテレビの前で見ていた人たちと完全に一緒です。唯一違うのは花火の音がリアルに
聞こえたことぐらいです。
 
 9日から13日まで済州島へ場所を移し最終合宿を行いました。朝から晩まで練習,
ほとんど水の中。何度も同じところを演じ,それをビデオにとり確認する作業を繰り返します。
選手たちは自分たちがシンクロ(同調)できているかを,他の人の目と自分の目でみて,
微調整をしていきます。この時期にきても練習量はあまり減らず,ずっと練習し続けます。
毎度彼女たちの練習量には驚かされます。毎日の練習で体重が減らないために,一日三食の
食事のほかに補食をとるほどです。多い時では午前,午後,夜の三回。つまりは夜食を入れて
一日六食たべることもあるほどです。それでも体重が増えないのですから,それだけハードだ
ということです。
 
 14日に北京へ戻りました。今日から我々も晴れてオリンピック村へ滞在です。食事は食べ
放題になり,マックも食べ放題,飲み物もほとんど飲み放題の状況になりました。
「今までのオリンピックの中でもおいしい」と何度かオリンピックに行っているスタッフが
言っていました。たしかにおいしいのですが,種類は多いものの,香辛料などの入った苦手な
ものは食べられず,比較的決まったものを食べることになり,一週間ほどで飽きてしまいます。
その点マックはすばらしい。不思議と飽きてこないのです。選手たちも自分の競技が終わる
までは我慢していたのか,だんだんと飽きてきたのか,最終日に近づくにつれてマックのもの
を食べる世界中の選手が増えてきて,どこよりもレジに行列ができていました。マクドナルド
は世界中で愛され,その大きさを感じました。
 
 18日から競技が始まり,まずはデュエットからでした.今大会,前々からメダルが危うい,
はじめてオリンピックでメダルを逃し伝統が崩れてしまうかも,などと厳しいことが言われて
いました。そんな中,銅メダルを獲得しました。決勝での演技が終了後,点数が発表され
メダル獲得がわかりました。その瞬間,デュエットのふたりはその場で泣き出してしまいま
した。本来,退場するまで笑顔でいるものなのですが我慢できなかったようです。
退場してすぐに泣きながらコーチと抱き合い喜びました。観客席にいた,他のチームの選手
たちも一緒に涙を流していました。そこには嬉しさとともに安堵の色がうかがわれました。
きっとこの日まで,選手たちには計り知れないほどのプレッシャーがのしかかっていたの
でしょう。そんなプレッシャーにも見事に打ち勝ったのです。メダリストとなったふたりは
表彰式の後,挨拶や取材のためにそのまま休む間もなく十数社をまわり,選手村へ戻って
きたのは夜遅くなってからでした。きついスケジュールであったとしても,きっとメダルを
とった嬉しさの方が強いでしょう。そのあとのチームは5位という結果に終わりました。
  
北京五輪帯同報告(2008.8)北京五輪帯同報告(2008.8)
 
 最後に私自身の考えと感想を少々述べさせていただきます。
正直,もともとオリンピックに行きたかったわけではありません。
ただ,理学療法士という仕事をしている中でスポーツ選手をみることもできたらと
思ったのが始まりでした。よく「スポーツ選手をみるのは違うでしょう」といわれ
ますが,それは目標としているものが少し上のレベルであること以外大きな違いは
ないと思っています。近年理学療法士でもスポーツ分野で働きたいから,トレーナー
と呼ばれる仕事がしたいから,という人が多くなってきていると感じます。今までは
鍼灸師の人たちが多い世界でした。今でもそうであることには変わりはありませんが,
理学療法士が増えてきています。大切なのは職種ではなく,病院やクリニック,
治療院などにいるのと変わりなく,目の前の方にきちんと向き合えるかどうかが最も
重要であると思います。つまり,スポーツの現場に行っても普段とかわりなく,
いつも通りのことができるということが大切であると思います。
いつも,自分自身それを心掛け,スポーツの現場へ行っています。
今回,オリンピックという貴重な経験をさせていただきました.この大舞台を経験し,
選手がどれほどの思いでこれに向かっているのかを感じることができたように思い
ます。世界中のスポーツをしている人が目指している場所であり,そのメダルは最も
価値あるものです。今までそれを分かっているつもりでしたが,いざその場所に
立って初めてその価値の高さ,獲得することの難しさ,そしてオリンピックという
大会の大きさ,すばらしさを感じることができたと思います。今後もこの貴重な経験
をいかし,精進していきたいと思います。
 
理学療法士  吉沢 剛
 
 
 
 
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